木綿(コットン)が江戸時代中期以降に日本に入ってくる前、大麻は主要な繊維作物でした。農村の女性たちは、大麻の種子を撒き、育て、糸を作り、布を織るといった仕事ができないと嫁に行かせてもらえなかったと言われていたほど、生活に不可欠な存在であり、その名残として、多くの日本人が知る唱歌「かあさんの歌」の2番では「かあさんは、麻糸紡ぐ、一日紡ぐ」と歌われています。

「サステイナブル」が大きなテーマとなった現代、産業用大麻(ヘンプ)は環境負荷の少ない繊維として、急速な製品開発が進んでいます。

人類は大麻の種子=麻の実を古くから食料として用いてきました。日本では稲、黍(きび)、大麦、小麦、大豆、小豆、粟と共に「八穀」とも呼ばれ、1930年代に日本で初めて編纂された「日本食品標準成分表」には「麻實(おのみ)」という名で収載されています。麻の実は現在も、定番の調味料「七味唐辛子」や各地の郷土料理にも用いられており、鹿児島から全国に伝わったけんちん汁、山形に長く伝わるご飯のお供あけがらしなどはよく知られています。

また、健康志向の高まりの中、高栄養食品群を意味する「スーパーフード」として、クコの実(ゴジベリー)、カカオ、マカ、ココナッツとなど並び、大きな注目を集めています。

産業用大麻(ヘンプ)は衣服だけでなく、食品や化粧品、プラスチック、建材などさまざまな製品へと生まれ変わる持続可能な社会を実現するための資源として期待されています。かつての日本でも、 衣服以外に繊維を釣り糸や漁網、蚊帳、綱(つな)の類、畳の経糸、和弓の弓の弦に、茎をカイロ灰、花火の助燃剤などに用いました。

また、住まいを支える素材でもあり、茅(かや)葺き屋根の一番下の層に大麻の茎(オガラ)を敷いたり、白壁などに見られる漆喰(しっくい)壁に麻スサ(麻の繊維くず)を混ぜたという記録が残されています。近年ではカーボンニュートラルの観点から、麻の屑と石灰などを混ぜたヘンプクリートの需要が高まり、研究開発が進んでいます。

養生

実は日本にも、大麻の葉、花、種子、根が漢方薬や民間薬として用いられてきた歴史はあり、江戸時代の百科事典「和漢三才図会」に掲載されています。また、明治以降は「印度大麻」と呼ばれる薬用型の大麻が輸入され、当時の厚生省の定めた「日本薬局方」に1951年に改定されるまで「ぜんそく、鎮静、催眠」として記載されていました。近年、「医療大麻」を解禁する国や地域が増加し、この薬草を代替医療として用いることが普及していますが、日本では違法です。一方、向精神作用を持たない成分CBD(カンナビジオール)を利用した商品はさまざまな形で流通しています。

「ウェルネス」「ウェルビーイング」といった、毎日をよりよく生きるため「健康」をより広義に捉えた新たな概念が注目を集めていますが、日本には古くから、これに近い「養生」という概念があります。大麻の「養生」としての利用が期待されます。

文化

無宗教と言われることが多い日本人のアイデンティティーとされる神道と大麻の繋がりは非常に深く、大麻の繊維(精麻)は「清らかさの象徴」として、現在も神社の祭礼などさまざまな場に用いられています。全国の神社を通じて、年間800万体以上が頒される伊勢神宮のお札の名称は「神宮大麻(じんぐうたいま)」です。日本の国技である大相撲は神道行事であり、その最高位である横綱とは、横綱だけが身につけることができる綱に由来した名称ですが、この綱は大麻の繊維でつくられています。

また「鬼滅の刃」のヒロイン禰豆子の衣装として話題となった日本の伝統的なデザイン「麻の葉模様」は、大麻がモチーフです。丈夫で早く、真っ直ぐに育つ農作物であることから、赤ちゃんの産着にも多く使われています。他にも、人名や地名にも「麻」の文字は多く用いられるなど、「麻」は日本の文化と切っても切り離せない存在と言えます。